大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

新潟地方裁判所 昭和42年(ワ)110号 判決 1968年12月13日

原告 株式会社山栄商事

右代表者代表取締役 細谷泰嗣

右訴訟代理人支配人 相馬俊太郎

<ほか一名>

被告 鈴木金作

右訴訟代理人弁護士 坂井一元

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告代理人は「被告は原告に対し金三七万七、〇〇〇円とこれに対する昭和四二年三月一〇日以降完済まで、年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする」との判決並びに仮執行の宣言を求め、請求原因として

一、被告は原告に対し、別紙手形目録記載のとおり約束手形一三通を振出した。

二、原告は、手形目録1、3、5の手形を各満期日に呈示したが支払を拒絶された。なお、右三通の手形も含めて全部の手形について本件訴状の送達によって呈示をなした。

三、よって、被告に対し、本件手形金合計金三七万七、〇〇〇円とこれに対する訴状送達の翌日である昭和四二年三月一〇日以降完済まで、商法所定の年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

と述べ、被告の答弁第二項の事実につき

四、同項(1)の事実は知らない。(2)の事実中共立工業が谷内に金額三七万七、〇〇〇円の約束手形を振出したこと、満期に支払拒絶されたことは認めるが、その余の事実は争う。(3)ないし(5)の事実中、昭和三九年四月一一日、梨木ほか四名が共立工業を訪れ被告から本件約束手形の振出し交付を受け、その際現金一万円も受領したことは認めるが、その余の事実は否認する。

と述べ(た)。立証≪省略≫

被告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、答弁として

一、請求原因事実は全部認める。

二、本件手形は、被告が原告の代理人梨木俊雄ほか四名の強迫によって振出したものであるから、昭和四二年五月一七日午前一一時三〇分に開かれた本件第二回口頭弁論期日においてその取消の意思表示をした。強迫の事実関係は次のとおりである。

(1)  被告は、昭和三九年四月当時、共立工業株式会社の営業主任であったが役員ではなかった。

(2)  その頃、共立工業は谷内為三の依頼により、同人に宛てて金額三七万七、〇〇〇円の融通手形を振出していたところ、谷内の違約があったため共立工業においては満期に右手形の支払を拒絶した。

(3)  ところが、昭和三九年四月一一日、原告を代理して共立工業の事務所を訪れた梨木俊雄ほか四名が、居合わせた被告に対し、前述の手形を不渡にするとは不届千万である。本日即刻解決して貰わねば帰るわけにはゆかないと強談に及んだ。

(4)  そして、被告が共立工業の使用人に過ぎないから、代表者の藤井信行に請求してほしいということに耳をかさず、被告名義の手形の振出を求め、それに応じない場合は考えがある、電話線を切れ、品物を全部運び出せ等とそれぞれ怒号して喧噪を極めた。

(5)  かくして、被告は、要求をいれないときは身体に危害を加えられるとの畏怖の念にかられ、本件の手形一三通を振出したのである。

なお、梨木らは、その際被告から約束手形だけでは済まされない、草鞋銭を出せと凄んで金一万円を喝取して引上げたのである。

と述べ(た。)立証≪省略≫

理由

一、請求原因事実は全部当事者間に争がないところ、被告は本件手形一三通は強迫によって振出したものであるという。

二、≪証拠省略≫を綜合すると、被告が本件約束手形一三通を振出すに至ったのは、以下述べるように原告の従業員と従業員が助力してもらう目的で伴って行った梨木俊雄らの強迫によるものであったことが認められる。

(1)  昭和三九年四月一一日当時、共立工業株式会社の代表者は被告の娘婿である藤井信行と登記されていたが、同人は新潟市内の新潟硫酸株式会社に勤務していたし、又共立工業の業務に経験をもっていなかったから単なる名義上の存在にすぎず、会社業務の実際は常時被告が行っていた。

(2)  共立工業は谷内為三に対し、資金融通のため昭和三八年一〇月一五日に金額一九万一、〇〇〇円、満期同三九年二月一五日の、同年一一月五日に金額一八万六、〇〇〇円、満期同三九年二月五日の約束手形各一通を振出し、原告は谷内から右手形の裏書譲渡を受け、呈示期間内に呈示したがいずれも支払拒絶されていた。

(3)  そこで、昭和三九年四月一一日、原告会社の支配人相馬俊太郎、当時原告会社新潟出張所の責任者であった川崎弘の両名は橋本幸雄及び梨木俊雄を伴い、前記不渡の手形金取立の目的で証拠上氏名不詳者の運転する車で共立工業の事務所に乗りつけた。

(4)  梨木俊雄は、当時金融業株式会社日興の管理部長と称して他人の債権取立を業とし、住居を大阪府布施にもつ者であったが、原告の代表者から前もって相馬、川崎両名に梨木の協力を得て前記手形金の取立をするよう指示があったため同行したのであった。

(5)  事務所に乗りつけた四名は、居合せた被告に対し社長の在不在を尋ねたところ不在であるとの返事であったが、話のやりとりから被告が代表者と身分上の関係があり、かつ或程度の責任者的立場にある者と察せられたので、被告を交渉の相手として話を進めた。

事務所内には被告のほかに経理事務担当の被告の娘がいたのであるが、娘は交渉が始まると間もなく事務所から出て行ったので被告一人が残った。

(6)  相馬ら四名は、事務所の奥で事務椅子に腰をおろしていた被告に相対して交々前記手形の支払を求め、果てはそれが出来ないならば被告個人の手形の振出を要求した。

被告は、共立工業の代表者が不在であることを理由に支払を拒み或は返答を一両日猶予するよう頼んだり、被告個人の手形振出はその必然性がないとして断ったけれども、いずれも容れられるところではなかった。

かような水掛論的交渉は、一時間半からほぼ二時間にわたったが、その間相馬ら四名の中には机を叩き声高に迫るものもあり、怒声を発するものもあって喧噪を極めた。殊に被告にとって梨木の関西弁は耳なれないものだけに威圧されるものがあった。

(7)  かくして、被告は、ほぼ二時間に達する長時間の水掛論的交渉、それに一対四のいわば多勢に無勢の心細さ、加えて耳なれぬ関西弁の無気味さ、被告が要求を容れるまで引揚げそうにもない四人の態度に威圧され畏怖し、遂に被告個人振出名義の本件手形一三通を娘に作成させて交付したほか、持合わせ分と裏の自宅から集めてきた分も合わせて金一万円を渡したのである。

三、≪証拠省略≫の一部には、被告との交渉は和やかな談笑裡に終始したものであって強迫がましいことは全くなかったとあるが、前述の認定事実に徴すれば信を措きがたいことは明らかである。殊に、≪証拠省略≫によれば、梨木俊雄は本件より約一ヶ月後新潟市内でなした債権取立が恐喝未遂にあたるとされ、当裁判所で懲役一年、執行猶予三年に処せられているのであるが、その所為は本件の状況と酷似しているのであって被告との話合が平和裡で行われた等という右証言部分の信用性は極めて低いものといわねばならない。

又、証人岡和子、同横尾中三の各証言はいずれも前記強迫時の状況を直接見聞したものでなく、かつ、岡証人は原告の社員、横尾証人は原告会社と深いつながりがあるものだけに、その信用性は低く、更に甲第一六号証も被告本人尋問に徴し前記認定を左右するに足るものではない。

四、しかして、被告が昭和四二年五月一七日午前一一時三〇分に開かれた本件口頭弁論期日において、本件手形振出につき取消の意思表示をしたことは記録上明らかである。それ故、被告の強迫を理由とする取消の主張は理由がある。

五、してみれば、原告の本訴請求は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用は敗訴の原告に負担させることとして、主文のとおり判決する。

(裁判官 正木宏)

<以下省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例